日記は自分のためなのですか
私の文章観のお話。
私が>>Deltaを書き続けられるのは、毎日足を運んでくださる読者の皆様があってのことだと思います。もし、私が今よりずっと忙しくなって、1ヶ月に1度とか、1年に1度しか更新できない時が来ても、その1度の更新を見に来てくれる方々がいる限り>>Deltaを続けていける。
何かを書くっていうことはですね、人を楽しませようと言う気持ちがあってなんぼだと思うんですよ。どんなに専門的で面白く無さそうな書物であっても、専門知識が欲しい人たちを満たしてあげることができれば、人を満足させ、楽しませる書物になれる。
初めから誰にも伝える熱意を持たずに書かれた文章ほど価値のないものはありません。
「この日記は自分のための日記を公開しているだけです」
とか言う日記書きさんは結構いらっしゃるのですけれど、そう言う人を見かけるとなんだか悲しくなるのです。自分が面白いと思って読んでいる日記のライターさんが「べっ、別にアンタのために書いたんじゃないんだからねっ!」と言っているんですよ?萌えますか?そうですか。
伝えようと思う側が、知りたいと思う側に心を閉ざしている感じがするんです。これではいけない。「自分のための日記です」と書くなとは言えないけれど、そう言う言葉を聞いて悲しんでる読者がいるということを、もう少しわかって欲しいな。でも、よく考えたら読者が喜んでいようが悲しんでいようが、筆者さんは全然気にしていないのでした。
MiniDiary
体調回復
今日は朝から家で休んでいたのですけれど、なんとか体調持ち直して最後の授業だけは出れました。明日からはまたフルコース行けそうです。
投稿者 | CASPAR003 |
投稿時刻 | 21:31 |
カテゴリー | 主張 |
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記事へのリンク | https://www.caspar003.info/delta/archive/2006/05/24/2131.html |
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