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ドルコスト平均法について

ドルコスト平均法について,巷に流通する「わかりやすい」説明に納得できなかったので整理してみた.

はじめに

ドルコスト平均法は,定期的に一定の金額を投資する方法である.投資のリスクを低減し,時には投資の収益向上が期待できるとの説明を伴って,積み立て投資を勧める説明にしばしば登場する.

以下に具体例をあげよう.

図1 ドルコスト平均法の例 (1)

株価が図1のように推移する場合を考える.まず,(a) 資産を一括購入した場合について考える.1月に7,200円を投じて単価600円で12株を購入したとする.株価は一旦200円まで下がったあと上昇に転じ,年末には1,200円となった.年末の時点で評価額は14,400円で,投資額に対して+100 %の値上がり益を得た.

同図(b)は,ドルコスト平均法を適用した場合である.ここでは資金を6等分し,1月には1,200円を投じて単価600円で2株,3月には1,200円を投じて4株のように,2カ月おきに1,200円ずつ株を購入する.その結果,1年かけて7,200円を投じて18株を購入した.(a) 一括購入の場合と比べて保有株数が多いのは,株価が下がった時期により多くの株を買えたためである.年末の時点で評価額は21,600円で,投資額に対して+200 %の値上がり益を得た.

この説明は,ドルコスト平均法のメリットを示す例としてしばしば用いられる(例えば,ドルコスト平均法とは?).ドルコスト平均法はいかにも優れた方法に見えるが,どんな場合でもリターンを増やせるわけではない.別の具体例をあげよう.

図2 ドルコスト平均法の例 (2)

図2も先の例と同様に,1年の値動きに対し(a) 一括購入と,(b) ドルコスト平均法を比べている.これは,先ほどの場合とは逆に,一括購入の方がより多くの値上がり益が得られた例である.

この2つ目の例は,恣意的に選んだ.ドルコスト平均法は,株価が下がった時に買い増しを行うことで,平均取得単価を下げる手法である.株価が単調増加する局面では平均取得単価を下げる機会がないため,ドルコスト平均法は一括購入と比べて割高になってしまうのだ.しかし,株価の変動は単調増加ではない場合が多いから,この例が特殊である点には留意しなければならない.

幾何ブラウン運動モデル

粗い検討では双方の違いがわからなくなってきたので,詳細にやろう.ここでは,実際の株価の変動を模擬した数値シミュレーションを行って,(a) 一括購入と,(b) ドルコスト平均法を比較する.

株価の変動を表現するモデルには,資産価格の変動モデルとして有名な,幾何ブラウン運動(ブラック-ショールズモデル)を用いる.株価\(S\)は以下の式に従って推移する.

\[ S = S_0 \exp \left( \left( \mu - \frac{\sigma^2}{2} \right) t + \sigma B_t \right) \]

ここに,\(S_0\): 株価の初期値,\(t\): 時間,\(\mu\): 期待リターン,\(\sigma\): リスク,\(B_t\): ブラウン運動.

パラメータは現実の株価をもとに決める.例えば,米国の主要な株価指数であるS&P 500は,期待リターン\(\mu\)が年率7 %,リスク\(\sigma\)が年あたり20 %程度のようである(例えば,米国S&P500を平均リターン7 %・リスク20 %の幾何ブラウン運動でモデル化する理由Geometric Brownian Motion).

シミュレーション

図3 ドルコスト平均法の例 (3)

幾何ブラウン運動の式に,S&P 500に相当するパラメータ,\(\mu\) = 7 %/year,\(\sigma\) = 20 %/yearを代入して得られた株価の推移を図3に示す.先の例と同様に(a) 一括購入と,(b) ドルコスト平均法の比較も示す.株価は全体として緩やかに上昇しながら,小刻みに上昇下降を繰り返している.最終的な収益は(a) 一括購入が+14.1 %なのに対し,(b) ドルコスト平均法は+3.9 %となり,(a) 一括購入の方が収益は大きかった.

これも1事例なので,一般にどちらの収益がより大きいかはまだかわらない.同様に様々な株価変動を発生させ,(a) 一括購入と,(b) ドルコスト平均法の収益に違いかあるか見てみよう.モンテカルロシミュレーションである.

表1 平均リターンとリスク

かくして32,768回の試行を行い,得られた平均リターン(収益の平均値)とそのリスク(リターンの標準偏差)を表1に示す.まず,(a) 一括購入は平均リターンが7.0 %,リスクが21.6 %であった.リスクとリターンの値は,株価の変動であるS&P 500の期待リターンとリスクの関係とほぼ等しい.一方(b) ドルコスト平均法はリターンが4.0 %,リスクが13.6 %であった.すなわち,(b) ドルコスト平均法は,(a) 一括購入と比べて平均リターンが小さく,その分リスクも小さい.

考察

以上の比較から,一般に(b) ドルコスト平均法は,(a) 一括購入よりもリターンが小さく,リスクも小さいとわかる.

このことは,巷の解説記事においても「ドルコスト平均法によって,リスクを抑えることができる」といった形でしばしば述べられることである.しかし,そうした記事では同時に,冒頭の例のようにドルコスト平均法によって一括購入よりも高いリターンが見込める事例を紹介する場合が多い.文章ではリスクを抑える方法だと言いながら,解説ではリターンが改善する特殊な事例あげるのは,ドルコスト平均法がリスクとともにリターンも低下させることを隠ぺいするミスリードではないかと感じる.

山崎はドルコスト平均法で起こりうる3つの弊害で次のように述べている.

最終的に支出する合計額が同じだとしても、資金がリスクに晒される「時間」が異なるので、この比較はリスクの点でフェアではない。運用に関する正しい評価基準は、リスク当たりの超過リターンだ。

それでは、同じ時点での投資残高に対する比率で見たリスクとリターンがどうなのかと考えると、これは、同じ投資対象に投資しているのだから、明らかに同じだ。

すなわち,(a) 一括購入は最初から全額をリスク資産として保有するのに対し,(b) ドルコスト平均法は資金を徐々にリスク資産に移すため,資金がリスクに晒される時間が異なる.より長い期間リスクを取る(a) 一括購入のリターンが高くなるのは当然だ.

図4 リスクと期待リターンの関係

(a) 一括購入と,(b) ドルコスト平均法のリスクと平均リターンの関係を図に示す.(b) ドルコスト平均法の方が,リスクもリターンも抑えられていることがわかる.さらに,(b) ドルコスト平均法のプロットは,(a) 一括購入と原点を結ぶ線上にある.すなわち,両者の差は取ったリスクの違いによって生じたものであり,ドルコスト平均法を採用することで新たに得られるたリターンはない.

まとめ

ドルコスト平均法は,時間に応じて無リスク資産(現金)とリスク資産(株)の比率を変えて,リスクを調整する手法であり,リスクとリターンの関係は完全にトレードオフである.

投資の指南書によっては「手元にまとまった資金がある場合でも,一括購入を避け,ドルコスト平均法を適用する方がリスクを抑えられる」と教える場合もある.しかし,先の検討の結果から言えるのは,これはリスク資産に投資するのを先延ばしにすればリスクが低下する(もちろん,平均リターンも低下する)という意味でしかない.ドルコスト平均法を,リスクを取れる資金を持ちながら投資を先送りにする手段として用いるのは,単に計画通りのリスクを取っていないだけある.

追伸1: そうは言っても,まとまった資金をリスク資産に一気に突っ込むのは勇気がいるという点は筆者も同感である.

参考文献

  • ドルコスト平均法とは? 毎月定額で積立てる方法の長所と注意点を解説. [URL]
  • 幾何ブラウン運動. Wikipedia. [URL]
  • チャンドラ. 米国S&P500を平均リターン7 %・リスク20 %の幾何ブラウン運動でモデル化する理由. 社畜がインデックス投資で資産を築く. [URL]
  • Lopo et al.. Code: Geometric Brownian Motion - what's wrong?. Stack Exchange. [URL]
  • 山崎元. ドルコスト平均法で起こりうる3つの弊害. トウシル, 2019-11-26. [URL]