遺産相続でのもめ事について(1)
人生で初めて、遺産相続のもめ事に遭遇した。といっても、私は相続人ではないので第三者だけれど。自分の身に降りかかってみると思うところもあるので、書き残しておく。
私の祖父が亡くなって、私の父ともう一人の相手方が1/2ずつ遺産を相続することとなった。祖父が亡くなったのは5年ほど前なので、既に相続手続きも一度はクローズしている。ところが、先日、相手方が遺産を隠していたことが発覚した。祖父が亡くなる直前に、祖父の銀行口座から、取引限度額いっぱいの引き出しが連日記録されていたのだ。
金額的には、見逃してもいい金なのだけれど、相手方が祖父の今わの際に遺産隠しに奔走していたという事実は、気分が悪い。関係者になってみてわかったけれど、こういうのは被害額は大したことがなくても、相手が悪意を持って金をちょろまかしていたという不正義が許しがたい。「金の話はいい。あいつを許すな」という気持ちが出てくる。
これまで「金に執着するとろくなことがないから避けるように」と教えられてきたけれど、それは、人の金に手を出すな、という意味だとばかり思ってきた。今なら、この教訓は、加害者を戒めるばかりでなく、被害者にも一定の自制を求めるものであると理解できる。目の前で金に関する不正義が行われたときの怒りが、いかに大きいかを身をもって感じたからだ。怒り狂って「金の話はいい。あいつを許すな」と突っ込めば、相当な金と時間を、利益を生まない争いに費やすことになるだろう。傍から見れば、金に目がくらんだ醜い争いのできあがりだ。
私は、被害者は黙って手を引くのが最適だと言いたいのではない。争いというのは当事者の利益に加えて、その信用もかかっている。見て見ぬふりをすれば、周囲からは不正義に加担したとみなされ、私たちは信用を失う。だから、被害者といえどその争いを納めかたについて、何らかの判断を示さねばならない。無言では引き下がれない以上、相手と一線を交えるということでもある。
私なら、相手に多少の利益を残しつつも「争った末にこれっぽっちしか取れなかった」と感じさせる程度が妥当なラインだと考えるし、それを狙った報復措置に動くべきだと思う。冒頭で述べた通り、私は当事者ではないのでこれは単なる意見表明なのだけれど。
今回、こういう争いに触れて感じたのは、目の前で行われる不正義に対する義憤は、第三者の私があるべき報復について具体的に考えてしまうくらい、強力だということである。その力を改めて認識し、身を焼かないようにしたい。