Lambda

2025年の日記

10月13日の日記

ある商品についてネットで調べていると、営業マン氏が出してくる情報と食い違うことも書いてあるなぁ。

こういう時に何を信じるかという話だけれど、営業マン氏は、商品の価格については直接的な責任を負っている。一方で商品の性能については間接的な責任しか負っていない。

つまり値段については、営業マン氏が「1万円で売る」と言ったなら、私はその商品が1万円で手に入ると信じてよい。一方で、性能については、営業マン氏の言うことは基本的にカタログスペックであって、私の使用環境で常時その性能が出る保証はない。そういうわけで、価格については直接会って得た情報が真値に近く、性能については公開されている情報を含めるのが真値に近い良い推定である。

10月8日の日記

ふるさと納税で米をもらう。返礼品をもらう時期や内容を考えるのも結構手間なので、何も思いつかないときは米が便利。何か月かに分けて送ってくれる定期便があるので、それを予算いっぱいまで仕込めば今年のふるさと納税はほぼ完了。

9月28日の日記

メンタルが弱っている兆候の一つとして「長い文章が読めなくなる」というのがある。

これに照らすと、自分の現状はかなり悪い。ここ2か月くらいは、読みたくて積んでいる本を、義務的に開いては見開きの2ページを読み切ったところで疲れてやめてしまうことが続いている。読み方がぶつ切りだから、記憶にも残らない。

仕事とかで読まねばならない文章は、まだ苦労なく読めてはいる。そうでないものを楽しむ余力は残っていない。

8月20日の日記

悩みというのは、大抵の場合、両立できないものを両方手に入れたいという問題である。そして、第三者から見れば、その問題は「どちらかを諦めればよい」問題であるととらえられがちである。

第三者のアドバイザーは「君の願いは両立できない」と指摘する。私は、それに反論できない。現に両立できていないから悩んでいるのだ。それを見たアドバイザーは「わかったら、どちらを諦めるか決めろ。それで解決だ」と畳みかけるのだが、これは承服できるものではない。

私の、というか現実に生じうる悩みは、単純な2者択一ではない。選択肢Aと選択肢Bを任意の比率で取るという選択も、大抵の場合許されている。ただ両方の利益を100%自分のものにすることはできないというだけなのだ。

仕事を取るか、育児を取るかを悩むとき、私は家族を顧みず仕事に打ち込むことと、退職して育児に専念することの2択で悩んでいるのではない。(仕事のために)子供と離れて過ごす時間と、子供と一緒に過ごす時間の比率に悩んでいるのである。

私の悩みの本質は、とりうる選択肢がわからないか、ある選択をしたときに得られる利益の期待値がわからないかということだ。そして一般に、悩み事の完全な解は得られないので、私は何らかの形で問題の近似解を得なければならない。私が決断できないのは近似解を得るのに時間を要するからであって、私が優柔不断だからではない。

第三者が勝手に選択肢を狭めて「どっちかにしろ」と迫るのは、詭弁である、そういう論に流されるものではない。

8月18日の日記

女性向けの創作では、ある人が社会的に優位であることの表現として「拒否権を持っている」という描写が多いように思う。

  • 嫌がらせを受けても言い返せなかった主人公が強くなって、堂々と嫌だと言えるようになる。
  • 昔は嫌な仕事も我慢して引き受けていたけれど、実力をつけた今は嫌な仕事をキッパリと断る。

といった成長のストーリーは女性的だ。男性向けでは、優位であることの表現としては「主導権を持っている」方が好まれる傾向にある。

言い換えれば「やりたくないことをやらない自由」と「やりたいことをやる自由」という違いである。同じ状況をどちらの側面からも描写できるとき、女性向けは前者を、男性向けは後者を取ることが多いように思う。

8月16日の日記

この数ヶ月くらいずっと「人とコミュニケーションが得意な人」の事を眺めているのだけれど、もう根本が違うもんな。いくつかの会話や質問の"技術"は把握できたよ。なるほどなと得心した。同時に根本的に違うと思ったんですよ。

この人は、周りの人間に、強い興味がある

病気の豚

これは本質。何かを習得するというのは、対象に興味を持つというこである。

何かに長けていれば、それに関連するニュースや噂話にも詳しくならざるを得ないのだ。将棋を学べば、新聞の端の詰将棋やプロの棋譜に気が付くようになり、建築を学べば街に建っている建物の意匠や構造の特徴に気が付くようになるものである。ここでは、気が付くということが重要だ。新聞の端の小さな記事を読んだり、街中の建物を眺めるために足を止めること自体は大した労力ではないが、読んだり足を止めたりする場所を目を凝らして探そうとすれば大事である。日常の目に入ることすべてについて、意識的にアンテナを張り続けるなど、常人にできることではなく、普通、そのようなことはしない。

趣味でも仕事でも、何か自分にとって当たり前にできることについて考えてみてほしい。日常生活のなかでそれに関連する情報には気が付くし、そのために特別注意を向けているということはないだろう。

ところで、元のポストの主は、その興味(アンテナを張った状態)を天賦の才と考えているようだが本当にそうだろうか。私はそうは思わない。むしろ、何かを習得するというのは、対象に興味を持つことを含むと、私は考える。私には、何らかの知識を得て体系的に理解することで、日常生活でもその具体例を見つけられるようになったという経験があるし、これを読んでいる皆様も経験があるのではないかと思う。つまり、何かを習得するというのは必然的にそういう経験を含んでいるのではないか。

元ポストで触れられている対人スキルも例外ではない。現状を、体系的な知識に基づいて理解することで、初めて相手の機微な動きに気が付くことができるのである。気付くことができるのは、興味を持って見ているからに他ならない。

まだそれを習得していない人から見れば、気が付くこと自体が才能であるかのように感じられるかもしれないが、実際にはそうではない。将棋や建築の才能なるものが、その業界のトップを目指す人間には必要不可欠ではあるにせよ、アマチュアの対局を楽しんだり、建築業界で働くことが才能で制限されることはない。それなりの数の人々が共通してできることというのは、習得可能であると考えてよかろう。

何かを学ぶということは、自分自身がそれに興味を持つためのトレーニングであり、それを習得した結果として、私たちはそれに興味を持つのである。

8月15日の日記

当面売るつもりがない資産の保管庫をつくってくれないかなぁ。保管庫に入れた資産は、通常口座へ引き出さない限り売却できず、引き出しには1週間程度の待ち時間が発生するとよい。その間に「保管庫から通常口座への引き出しを実行します」というお知らせをメール、アプリ、SMSで通知してくれ。

これは不正アクセス対策です。身に覚えのない取引が発生する前に、この場合は保管庫から通常口座に引き出すタイミングで気が付けば、金銭的な被害が発生する前に対応できる。ログイン手順を複雑にすることも必要かもしれないけれど、まずは、サーキットブレーカーを付けて一夜にして全財産を失うようなリスクを取らなくて良いよいにはしてくれまいか。

というのは素人でも思いつくわけですが、むしろ、どうしてそういう機能がないのか不思議。

7月19日の日記

ある行動や思考が日常生活上の困難を生むときに、それを個性と悪癖に分ける目安の一つは、それが実用上の問題解決を妨げるかどうかという点であろう。

現に問題が生じているにも関わらず、その解決よりも習慣的な思考や行動を優先することは、当人にとって特に有害である。問題を起こしがちだったり、他の人と異なる方法で解決を志向したりすることも十分に摩擦の種ではあるものの、それが問題の解決を妨げない限り有害さの程度はかなり低い。

具体的に、私が臆病だった場合はどうか。私が理性的にはリスクを取れると判断してもなお行動を起こせないでいるのだとすれば、それは悪癖である。一方で、反射的にリスク回避をしがちでも、あとで冷静にそれを修正できる場合や、普通の人よりも長期的なリスクを評価に含める傾向がある場合、それは個性の範疇といえる。

個性と悪癖を分けたとき、その大きな違いは、個性はアイデンティティにしてもよいが、悪癖はそうすべきではないという点である。

7月19日の日記

10年以上前に大学で研究していた手法を改善するアイディアが降ってきた。着手したい気持ちがかなりある。

6月29日の日記

LLMと共同作業をしていると、難しいことを聞いてもLLMは即答してくれるので、作業時間の大部分が自分のターンになってしまうので、短い時間でかなり疲れる。自分の考えをまとめる、文章に起こす、LLMの言ったことを熟読して理解する、を休みなく続けなければならない。

人間が相手だと無意識でもペースを保てるんだけど、疲れ知らずの機械が相手だとそこは自分でコントロールしないといけないんよね。こちらの力量次第でいくらでもペースを上げてくれる機械との付き合い方を、私が学ばねばならん。

6月19日の日記

おそらく技術的にはできるだろうと考えていつものの、自力では「できる」というロジックを構築できないという状況において、仲間の知恵を借りてこれを解決する技術の部分が仕事の巧拙なのだろうなぁと思う。

出口の見えないものを一人で考え続けるでもなく、「僕にはできません」と言って丸投げするでもなく、「この辺が課題だと思うんだけど、解決のヒントになるコメントありませんか」と仲間の知恵を借りに行く技術。理屈はわかっても、実行はまったく簡単ではないよね。

6月8日の日記

「文章に書かれていないことを読み取って非難てはいけないの?」という疑問に正面から答えるのは簡単ではないのだけれど、「色々な考え方がある」とかで済ませてよい話でもないだろう。平等の原則とかから出発して「書かれていることに対して直接反論せよ」のようなルールを導けたりするのだろうか。

6月8日の日記

仕事で使っている数値解析ソフトが原因不明の落ち方をするので困っている。ある設定にすると落ちるという挙動は、決定論的でほとんどの場合再現はする。ただし、初期値に鋭敏で、ちょっとうまくいく設定でも、何でもない設定をちょっといじっただけで落ちたりする。

そして落ちる理由がログを見てもよくわからない。ユーザーが勘所をつかんで手なずけるタイプのソフトではあるんだけど、使用頻度がそれほど高くなくて手なずけるコストが割に合うのかが微妙なところである。

6月7日の日記

文章に書かれていないことを読み取って非難しようとする人。それ自体は、書いたことを読み取る技術の問題だから、議論の中で正すことができれば、済むことである。それよりも、少なくない人が「文章に書かれていないことを読み取って非難するのは、失礼だし建設的でもない」という感覚を持っていないらしいことには頭を抱えるなあ。

つまり「Aが好き」という文章を読んで「(Aと競争関係にある)Bを貶すとは何事だ」to 非難をしてしまうことは、読み手のミスとして当然ありえる。むしろ問題なのは「そのようなことは書いていない」と指摘されたあとでさえ「ではBのことは貶していないのですか?」などと食い下がる人が少なくないことの方ではないか。この場合、読み手の推測が正しいとか正しくないといった確認を始めた時点で「書かれていないことを非難したことそのものが問題だ」という原則が共有されていないことを示している。同じルールを共有できない相手と議論をするのは難儀である。

5月24日の日記

大規模言語モデル(LLM)になにかをやらせようとすると、全体の設計ができないという感触がある。文章なら、長い文章の章立てをつくるのが難しい。プログラムなら、大きなアプリケーションの中心となるデータ構造を設計するのが難しい。

これらをLLMにやらせる方法がないわけではないものの、普通にやろうとすると前提となるコンテクストや制約条件を詳細に指定する必要がある。全体の設計ともなれば、プロジェクト憲章に相当する文書を質問文として書き上げねばならず、文章やプログラムのたたき台を書き上げるのと遜色ない労力を投じることになる。もっと簡単にやるならば、抽象的な議論だけをしてLLMにアイディア出しをさせるやり方もあるが、質問する前からある程度の答えを知っていないと、この手は使えない。

人間である書き手が、全体のバランスを見るという高度な作業に注力できるようになったのはよいことだ。けれども、私たちはまだそのスキルを持っていない場合がある。なにより問題なのは、私(たち)は手を動かして文章やコードを書く以外に、全体のバランスを見極める力をつけるトレーニング方法を知らないということだ。手を動かして具体的な文章やコードを書く仕事は、いままさに、人間の仕事ではなくなろうとしているというのに。

5月20日の日記

パソコンが壊れて大変な目に遭っていた。復活。

5月6日の日記

今日のStarfieldお散歩。

衛星ウンブリエルから見た天王星
衛星トリトンから見た海王星
冥王星から見た小さな太陽と衛星カロン
カロンから見た冥王星

5月5日の日記

今日のStarfieldお散歩。

衛星ディオネから見た土星
衛星テティスから見た土星
衛星タイタンから見た土星
衛星ミランダから見た天王星

4月30日の日記

Redmineのセットアップをやってるんだけど、難しすぎて挫折。最新版のRedmine 6を入れようとすると、Rubyのバージョンが違うだとか、railsの(ryとか言われて手が付けられなくなる。最新版を諦めて1つ前のバージョンにすると色々楽かねぇ?

4月29日の日記

ChatGPTさんにサーバのセットアップの手順をサポートしてもらってるんだけど、個別の課題は解決しても大局的に目的に向かっている感じがしないんだよなぁ。少し作戦を変えるか。

4月27日の日記

息子氏は、最近、昼寝の時間が短くなって、昼寝をスキップする日もちらほら現れてきた。昼寝をしないまま夜を迎えると疲れて機嫌が悪くなる。ところが、早めに寝ようとすると今度は体内時計が「まだ寝る時間じゃない」と言うらしく、情緒不安定なままなかなか寝てくれない。

4月1日の日記

ChatGPTに文脈をよく理解して話して欲しいが、背景を全部説明すると毎回長大なプロンプトを書く必要がある。

そこで、ChatGPTに理解してほしいことを全部渡したうえで「これを理解したことにできるプロンプトを書いて」とお願いしてみたが、思ったように動かず。要約の過程で情報を圧縮するというよりもそぎ落とす方向に振りがちなのと、「ChatGPTへの指示に使う」と指示しても私に向かって回答しようとする傾向があって、修正しきれず。

出力されたプロンプトを新しいチャットに入力すれば、前提条件を理解した会話が始まるような流れを想定していたが難しそう。

3月22日の日記

私たちは自分の頭の中で話している言葉以上のことを他人に伝えることができないので、脳内のおしゃべりの質を保つことは重要。状況を表す適切な言葉を選ぶとか、必要な背景情報や推論の過程を言葉に落とし込むといった能力は、生活の質に大いに関わる。

3月15日の日記

E8系列車を撮ったりしていました。

E8系つばさ

3月2日の日記

Webサーバーのセットアップで難儀しているんだけど、ChatGPTが補助してくれるのでかなり捗っている。エラーログを添えて「このログは何が問題だと言っているのですか?」と聞くだけで解説してくれる要員が僕のために24時間体勢で待機してるの、便利すぎんか?

2月25日の日記

ここのページに使っているWebサーバは、FTPで転送したデータが実際にページに反映されるまで1分程度の遅延がある。サーバ間の通信にかかる時間とか、それを隠蔽するためのキャッシュとかが関連しているのかもしれない。

送ったデータはすぐにWeb上で確認したいので、この遅延があると微妙に使い勝手が悪い。

2月23日の日記

Webサーバーを立ててるのだけれど、想像していたよりずっと時間がかかっている。最初の見込みが甘かっただけともいう。頭に入っている情報が古すぎるので、今時はyumじゃなくてdnfを使うんです、みたいな話をその都度確認しながら進めているところ。

ついでにIPv6のお勉強もしたいなとか、構想だけは積み上がってるんだけどなぁ。

2月21日の日記

対話にリアルタイムにきちんと応答する、というのは難しい。それを実践するうえでまず大切なのは、相手に喋ってもらうことであろう。聞いたことを言葉通りに受取り、分からないことは質問するのだ。

相手が伝えたいメッセージを明確にする質問は、双方の理解を深めるし、私が的確な応答を返すまでの時間も稼げる。或いは相手が単に煙に巻いて何かを強要しようとしているならば、その説明コストを十分に相手に負担いただくことは、有効な防衛戦術である。

ただ、防衛戦術に関しては、話の中に汎用的な善を巧みに織り込んで、こちらに同意を迫る詭弁があるので、それほど頼りになるものではないかもしれないが。(セールスの人がよく使うテクニック)

2月18日の日記

人生初ぎっくり腰。なんかメリメリと破壊が広がる感触があった。とても痛い。

2月16日の日記

ChatGPT氏に最適でない検討方針を指示しても「ChatGPT : それは難しいです」とはなかなか言ってくれないっぽいな。

「ぼく : 方針Aでお願いします。この方針だとa1という問題が発生しそうなので注意して」と指示しても、a1を正しく処理できない方法を何食わぬ顔で返してくる。追加で「ぼく : a1ができてないでしょ」と指摘すると、ようやっと「ChatGPT : 方針Aでクリアするのは難しいっすね、方針Bにしましょう」とか喋り出す。

  • 必要がないときは、具体的な検討方針は指示しないほうがよい。
  • 不具合が予見できるときも先回りして指示に組み込むのではなく、起こるべくして起こった問題を対話の中で指摘して修正させる方がよい。

2月14日の日記

組織を使って何かをしようとすると手続きだ書類だで面倒ではあるけれど、個人が出せる以上の権力なり財力なりを行使しようとする以上、ルールがあってしかるべきではある。車で走るときとか、大型プレス機を使うときに、ルールが面倒だとか言わないもんなぁ。

1月26日の日記

いくつかの確率分布について、僕は名前だけは知っているものの、それを現実世界の問題にどう当てはめればいいのかよくわからないままになっていて、今でもしばしば悩む。

正規分布は扱いやすい。二項分布など具体的な例を使って発生過程がイメージできる。しかも、分布について手がかりがないときに、とりあえず正規分布に当てはめて平均や標準偏差を論じるのは妥当な選択肢であることも知っている。

じゃぁ、ポアソン分布は?対数正規分布はどうですか?なんとなく形が合うから当てはめてみました、とするにはあまりに気持ち悪い。けれど、その分布の典型的な発生過程について学ぶのは簡単ではない。

数学の本は、それと対応する物理現象にあまり興味がない感じだし、物理学や工学の本は着目する現象に対して天下り的に分布が与えられる場合が多い。

1月24日の日記

あっちを直すとこっちがおかしくなる状態で、何とかバランスを取って運用していた数値シミュレーションが、計算ステップをうんと細かくして、非常識な時間をかけて解いたら急に素直になった。

とりあえず目途は立ったので、これから実用的な設定まで追い込む。

1月23日の日記

時々、電気の人がkWとkWhの違いを力説しているのを見かける。

説明するのはいいのだけれど、説明者が頭ごなしに「kWhもしらないのかい?」みたいな感じだと「本来Jで数えるべき物理量を紛らわしい単位で表記するから素人が混乱しているのではないのですか?」と反発する気持ちが少し湧いてくる。慣習だし、kWhで書くと便利なのもよくわかるが。

1月21日の日記

生成AIに何かを作ってもらおうとすると、まず言語力が必要になる。たとえば、ChatGPT。一発書きで「○○して」と注文するだけでできることも沢山あるが、効果的に使うには、やりたいことを詳細に指示する方がよい。必然的にChatGPTからの返答もそれなりの長さになるので、それを読んで「なんか違うんだよなぁ」と思う部分を言語化して追加でリクエストし…ということを何往復も重ねて、ようやく成果物が出る。

文章が長くなればキーボードを打つのは疲れるし、何ならChatGPTの返答を読むだけでも骨が折れる。ChatGPTを相手にするには、書くにもチャットで延々話し続けるのが苦じゃない程度の体力が要るし、読むにもWikipediaを暇つぶしに読むくらいの活字慣れが必要だ。

個人ホームページやブログの全盛期のインターネットは、基本的に文字の読み書きが苦にならない人の集まりだった。今は、普通の人が当たり前のようにインターネットを使う時代なので、文字が苦にならないほどの「言語力お化け」の割合は多くない。

しかし最近の生成AIの進歩は、久しぶりに言語力お化けが活力を得る土壌ではないか、という気がしている。当面は、AIと何度もやり取りをする集中力と言語力は、大きな力になるだろう。テキストベースのやり取りを得意とする人々にとっては、久々に面白い時代が来ているのかもしれない。

1月18日の日記

とても体調が悪い。熱はないものの、倦怠感があって思考もぼやける。

1月14日の日記

自分の苦手なことであっても、子どもに教えるべきという場合もあるよなぁ。とぼんやり考えていた。

自分ができることなら「大人ならこのくらい当然だ」みたいな顔してやって見せればいい。けれども「社会ではできることが期待されてるけど、実は僕もできないので苦労してるんですよ」ということは当然あって、子どもにはできるようになってほしいなって。

僕ができるからといって子どもがそれをできるとは限らないように、僕ができないからといって子どもがそれをできないともかぎりません。もちろん「できないなりに苦労しながら生きてますよ」という姿を見せるのも教育だろうけれど、最初から「できなくてよい」と決めつけるものではない。

でも、それが「自転車に乗る」みたいな運動能力の類ならともかく「会って話した人の顔を覚えておく」みたいな生活習慣上の能力の場合、一体どうやって教えるの?という気持ちはある。お稽古に出せばいいわけでもないし、そもそも僕ができないから評価関数がわからない。

1月12日の日記

人が不満を持つときというのは、認識と現実に齟齬がある状態である。周到に準備した「成功する」イメージの計画が横やりで失敗すれば不満であろう。もっとシンプルに加齢や疲労によって思うように動けないだけでも、人は大いに不満を抱く。そういうときに、認識を改めることは検討の価値があるし、必要に応じて現実に変更を加えることもできるかもしれない。

だが、不満に「正しさ」を感じるときは要注意である。単なる齟齬に「どちらが正しいか?」という問いを立てること自体がナンセンスだし、それが祖語の解決の役に立つことはまずない。

1月8日の日記

これは弱音なんだけど、このところ自分のやっていることの価値が実感できなくて悩んでいる。苦労して何かに取り組み、成果を残しても、それに価値が感じられなければ苦労は報われない。

価値を見出すというのは、取り組みが社会で役に立つとか、自分の人生の一部になるとか、成果をより大きなナラティブの中に位置づけるということである。実際に価値のあることに取り組むにせよ、事後的に何らかの価値を見出すにせよ、自身の行いを俯瞰する必要がある。

私は性格的に、全体よりも細部に注目しがちなので、俯瞰は苦手だ。ならばそれを意識的に行うべきなのだが、木こりのジレンマで、目の前の仕事が片付かないままでは、安心して周囲を見渡すことができない。気づけば、目の前にはナラティブに取り込まれない散発的な成果が山積みである。

そんなわけで、最近は俯瞰に意識的に取り組む助けを探している。トレーニング法とかフレームワークとかないんだろうか?

1月4日の日記

ChatGPTさんと対話していると、自分が考えたりタイプしたりする速さが律速になって苦しいな。

普通にやると前提知識のインプットとか、自分が思いついたアイディアの検証が律速になる。一方で、ChatGPT相手だと、相談内容の文章化や、相手が持ってきたアイディアの評価が律速になる。

文章化や評価は、相手が人でもAIでも使える重要スキルなので、頑張りどころなんだろうな。

1月1日の日記

本年もよろしくお願いいたします。今年はインプット、アウトプットを丁寧に回していく年にしたい所存です。前年は抱えすぎて、次のことをインプットする時間や、アウトプットの質を犠牲に対応することが多すぎたので。